Vol.27 ◆“5秒ルール”の奥にある衛生心理
−イグノーベル賞に大衆の英知と語り合う分野あり−
毎年秋から年末にかけてのノーベル賞受賞のシーズンは学者にとってワクワク感いっぱいの季節だ。しかし、同じノーベル賞でも私の関心は、「人々を笑わせ、そして考えさせる研究」に対して与えられる1991年創設の“イグノーベル賞”だ。
昨年の化学賞は日本人の今井らの『空気中にワサビの匂いで緊急時の人を寝床から起こす覚醒効果とその装置の開発』だった。受賞会場は笑いの渦がいつもの光景だ。
物騒な研究では『夫のパンツに薬品を吹きかけて浮気が発見できるスプレーの開発(1999年)』で化学賞を牧野らが受賞している。この時、受賞会場では女性科学者の大喝采を独り占めしたとか。さらに牧野氏が探偵社社員と聞いて多くの日本人男性は何とも複雑な気分を2度させられた。
さて、世界で古くから有名な迷信“5秒ルール”の研究も、実は2004年に米国人クラークがこの研究で受賞したこともあり、改めて話題にしたい。
つまり、“地面に落とした食べ物は、5秒以内なら食べられる?研究“がそれだ。“5秒ルール”とか“3秒ルール”とも言われるこの怪しい伝説の範疇でも、研究者たちを結構、真面目顔にさせるから面白い。
“拾い食い”を容認する筈はないのだが、原則論でなく、2004年にケニア社会運動家でノーベル平和賞に輝いた故ワンガリ・マータイ女史が愛した言葉の“もったいない!!”の発想にも飢餓に苦しむアフリカ人の気構えに一脈通ずる点が多い。
戦時中、私の小学低学年の頃のことだが、両親が小学校の教育者でもあったため、よそ様より厳しい衛生観念があったにもかかわらず、家族兄弟の前で、誤って落としたものを“ヒョイと口に入れた記憶”は結構多い。食べた満足感とあとのお叱りの間に確かに議論の余地は無くもなかった。
当時、私は必死の抗弁を試みた。濡れた泥道に落ちたせんべいはダメで乾燥した家の床ならちょっと手で拭くか、息でフッとすればいいのでは??と必死に詭弁を弄したが、皆で納得の線は“もったいない”からということで、お叱りは若干軽いものとなったことを覚えている。
つまり“拾い食い”も様々だ。落とした食品がクッキーやせんべいの類か、口から飛び出したか、落ちた場所の状態はどうかなど特定条件がないまま、全てダメでは子供は納得しないだろう。
例として、包んである状態の飴ならかなり許容度も高かろう。
当時、両親からは空気中に浮いている菌(空中浮遊菌)もあり、死んで床に落ちた菌(落下細菌)もある。だから病人の多い、病院では十分注意するよう厳しく言われたりもした。
この“5秒ルール”で大事なことは、落とした食物に即バイ菌が付着するという脅しではなく、細菌が暮らしている状態とされる“細菌叢(さいきんそう)”を学ぶことである。語り合う上で許されそうな条件を導き出し、このルールはただの迷信ではなく、許される俗説となるのかもしれない。
ところで、食べ物に付いたバイ菌といえば、私の恩人の一人であり過度の清潔漢で知られていた温泉医学者・故森永寛 岡山大学名誉教授を思い出す。
岡山三朝温泉研究所で研究する折、しばしば近くの囲炉裏のある民家で寛いだが、先生の大好物はキリタンポよろしく、囲炉裏脇で串焼きにした干し柿であった。柔らかい普通の干し柿は私も好きなのだが・・・。
曰く、「君、ゴミだらけの軒先につるされる干し柿は迷惑しているよ。つまりバイ菌がまぶされた状態だよ。糖分に若干の殺菌性はあっても、焼いて消毒済みの干し柿の方が美味い。君もそう思わんかね?」との問いに、まともにお答えした記憶はない。
フウッフウッと言いながら曇るメガネ越しのアツアツの焼き干し柿の味。無菌の味?は先生には申し訳ないが、飲む水は多少の雑な成分があってはじめて名水であり、蒸留水はごめんでは・・・と。
細菌の生き様を語る上で、大切な機会をこの“5秒ルール”はプレゼントしてくれていると思われるのだ。
それにつけても今年の冬は例年に比べ特に寒い。着膨れして出歩くのもおっくうになる。こうなったら、「着膨れ老人にみるモモヒキの持つ保温機能性と行動心理について」を研究して、私もイグノーベル賞を狙ってみるか?では、また。
(1201-027)